1998/4 No.11 日本都市計画学会 関西支部だより

視点
神戸・新開地の復興の道

青木  寛 新開地周辺地区まちづくり協議会会長


 この街の繁栄と衰退はちょっと珍しい。神戸を代表する繁華街から下町へと。元々川を付け替え出来た街だからか流れが無くなった様に干上がった。復興への願いは強く、住民の活動が始まった。

 この街のイメージを徹底して勉強する。歴史、文化、政治、そして、反省。そこからこれからを模索する事が始まった。まちづくりとは何んぞや。手始めに商店街の唯一の財産である暗いイメージのアーケードを取り払った。空き地は多くの住人を増やすため住み易い高層化したビルで埋める。ただ埋めるだけではない。大きなビルは街としての大切なイメージ財産だ。それじゃ財産としてデザインにも専門家を入れ建てる前から審議しようじゃないか。まちづくりと文化を最初から向き合って創造する街。新開地アートビレッジ構想。神戸は文化不毛だと誰かが云った。若手の劇団員もミュージシャンも神戸ではそれだけで食えない。このまちづくりで試してみようじゃないか。小さな発表の場を街の真ん中に創った。

 構想は先走るが、金がない。衰退した商店街には財力がない。構想をバックアップする機構が必要だ。震災前に場外船券売場の話が持ち上がった。街は当然賛否両論に分かれた。まちづくりへの想いは理想派と現実派に線引きされてしまった。どちらも大切な事である。結果、売上金の一部を資金として、構想に使い機構を創る事とした。

 街のカラーはアート。建設デザイン委員会の出番だ。ファサードも全てに手を入れる。玄関先には巨大なオブジェの登場。震災で潰れたアーケードもアートなゲートとして蘇った。舗装路は生命の誕生と繋がりをテーマにモザイクがなされた。中央ゲートの完成。コーポラティブ住宅は五練、第一種民間再開発二カ所、住宅公団ビル二カ所、すっかり建築ラッシュになった。全てにデザイン委員会が入る。そして、この街の文化度が確実に上がる。楽しい街になるだろう。

 精神文化に重きを置いた新開地は震災以前より、ゆっくりだが、確実に動き出していた。誇れる街を創るためには自分から動くしかない。まちづくりは人づくりと最初に云った街がここにある。自立と自治、あらゆる差別に立ち向かう街が、きっと出来ると信じて。点から線、面から動へと常に考えている。街路を創るまちづくりじゃない。人を結ぶまちづくりが必要だと、皆が気づくには時も必要だが、役員は時間との戦いにすでに入っている。




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