1998/4 No.11 日本都市計画学会 関西支部だより

視点
鶴  橋

有光 友興 環境開発研究所


 鶴橋は、JR環状線鶴橋駅の1階改札口を出たとき、すぐにホルモン焼の匂いが漂い、近鉄鶴橋駅のプラットホームにいると高架下からキムチの匂いが上ってくる町である。一方、JR環状線の中では、大阪、天王寺、京橋に次ぐ1日乗降客数14.3万人の通勤・通学者の乗換えターミナルでもある。

 鶴橋が焼肉のメッカ、韓国・朝鮮の食材、ファッションの町になったのは、大正8(1919)年平野川改修の時に韓国・朝鮮人を従事させたときに逆上り、昭和15(1940)年頃から軍事工場勤労者として強制連行を含む集団移入により、生野区が我国一の韓国・朝鮮人の集中居住地となってきたからである。

 鶴橋の町は、実は3つの区にまたがっている。それぞれ特色がある。(写真@)のは環状線西側の天王寺区、民族ファッションと雑貨の商店街のある(写真A)のは近鉄線北側の東成区、韓国・朝鮮の食材のある高麗市場(写真B)、鶴橋本通り商店街に面した店は昼間も小売りをやるユニークな鮮魚中心の鶴橋卸売市場(写真C)のあるのは生野区である。

 一昨年(1996年)より生野区側で「フレッシュ鶴橋まちづくり研究会」が地元主導で発足した。阪神淡路大震災の長田のようにならないよう災害に強いまちづくりをしようを合言葉に盆踊り大会やわくわく楽市などイベントを主催したり活発に勉強を積み重ねている。昭和43年〜47年頃1度まちづくりが盛り上がったが消えてしまった経緯もあり、今度こそは何とか実現させようと地元も区役所もコンサルも熱心に取り組んでいる。




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