1999/9 No.14 日本都市計画学会 関西支部だより

特集
総論 住民参加型まちづくりの整理・体系化へ
 
久 隆浩 (近畿大学理工学部助教授)


*試行錯誤から体系化へ*
 住民参加、最近はこれはあたりまえのことと受け止められるようになった。とくに、阪神淡路大震災を契機として、住民参加型まちづくりの動きが関西でも加速してきた。しかし、その手法論はまだまだ揺籃期の域を抜けきれず、試行錯誤の状態が続いている。私自身もこうしたまちづくりの現場に身を置いて10年以上が経ち、そろそろその体系化の必要性を感じているところである。
 ひとえに住民参加型まちづくりといっても、その内容は多様である。取り扱う空間の広がりを考えてみても、公園づくりのような数百u程度の施設づくりから、数ha程度の地区まちづくり、また、都市計画マスタープランのような全市域を対象とした計画づくりなどがある。また、取り扱う分野も、道路づくり、公園づくり、環境問題、のような分野を限定した計画づくりと、地区まちづくりや総合計画づくりのような総合的に考えていくものとがある。さらに、同様のまちづくりでも、地区の特性によってその内容や進め方は異なってくる。
 そこで、当然、取り扱うまちづくり・施設づくりの特徴を十分に把握し、それぞれにふさわしい進め方を検討しなければならない。しかしながら、ブームともいえる最近の住民参加型まちづくりの動向をみてみると、そうした点を十分に整理、検討をしないまま進めてしまう事例も少なくないことが気がかりである。たとえば、まったく条件の違った他事例を参考に進めてしまったため、途中でうまくいかなくなったところも出始めている。せっかく多くの試みが各地で行われるようになったのであるから、成功面だけでなく失敗面も含めてそれらの情報を持ちより、住民参加型まちづくりの可能性と課題について、総合的に議論し、体系化する時期に来たのではなかろうか。
 
*都市計画からまちづくりへ*
 私自身もそうだが、最近「都市計画」ではなく「まちづくり」と称することが増えている。我が国では「都市計画」は狭義、つまり都市計画法にもとづく内容の仕事を指すことが多い。しかし、都市計画は広い意味での都市の計画であり、それをまちづくりと称することで、従来の都市計画と差別化を図っているのだろう。私がもっとも多く関わっている地区まちづくりを事例に考えてみると、計画づくりや事業による住環境の改善以前に、それを進行する基礎体力としてコミュニティの結束力の強さが問われる。こうした観点からは、コミュニティづくりも視野に入れつつ計画づくりを行う必要がある。しかし、よくよく考えてみると、先達がつくりあげた計画論をみると、ハワードの田園都市論にしろ、ペリーの近隣住区論にしろ、それらはコミュニティ計画であったわけである。
 私の研究室は、本来、都市計画研究室であるが、私が着任して命名したのは居住環境計画学研究室である。それは、狭義の都市計画ではなく、コミュニティづくりも含めたより広い都市計画を指向してのことである。実際、最近の仕事は、事業まちづくりよりもその前提となるビジョンづくりやコミュニティづくりが多くなってきた。
 たとえば、今各地で見直しの時期に来ている総合計画づくり。そのなかで、市民会議をお手伝いする事例がいくつかある。そこでは計画づくりよりも計画づくりの過程で築き上げられる市民同士や市民と行政の信頼関係づくりに腐心している。また、いくつかの市では、町内会をはじめとする従来型コミュニティやNPOなどの新しい形態の市民活動をいかに融合させ、市民活動を活性化するか、といった施策展開のお手伝いをしている。もともと空間計画をやってきた人間がなぜ社会計画の仕事をしているのか、不思議に思う方もおられるが、私としてはそれは必然的な結果だと思っている。つまり、本来めざしてきた空間計画を住民主体で実行するための前提条件の整備に最近は時間を費やしているのである。私のなかで決して空間計画を捨てたわけではない。最終的には空間要素としてのまちをよりよくしていくことが目標なのだが、その前の段階で時間をかける必要性を感じているのである。
 
*初動期まちづくりの必要性*
 それが「初動期まちづくり」の必要性でもある。初動期まちづくりというのは、私がもっとも長く関わり、多くのことを学ばせていただいた豊中市の地区まちづくりの特徴を説明するときに用いることばである。従来のまちづくりが、事業をからめたいわゆる「事業まちづくり」であったのに対し、初動期まちづくりは事業が見えない段階のまちづくりである。そこでは、住民自身がまちの課題を発見、共有し、まちづくりのビジョンを議論、共有化する。従来型の事業まちづくりのような事業手法を考えるのは、次の段階の内容として一時棚上げしつつ、まちづくりの議論をおこなっていく。
 これは、従来、都市計画のなかではあまりなかったやり方である。したがって、このことを説明しても、従来型の事業手法論に長けた人ほど理解していただけないことが多い。どうしても事業を使ってまちを動かしてこそまちづくりだという認識が先に立っているのではなかろうか。さきほども若干触れたように、これは次の段階である。もう一歩引き下がり、住民主体で時間をかけて事業まちづくりの前提条件をつくっていく、それが初動期まちづくりなのである。
 
*生活マスタープランづくり*
 具体的な事業がみえないとまちづくりは進まないと思っているのは専門家だけではない。住民のほうも具体的な施策によってまちづくりを進めようとする。だからこそ、いわゆる住民要望は具体性を帯びた内容のものが多かったわけである。しかし、具体的な要望であればあるほど、それに対する回答も実現可能性の有無といった即物的なものになりがちであるし、それしか返答のしようがなかったのではなかろうか。これではいつまでも話が平行線のままである。
 そうではなくて、住民のほうも一歩引き下がり、具体的な要望の背景となる自らの生活像やライフスタイルについて検討することが大切となる。それを私は「生活マスタープランづくり」と称している。昨年度策定した兵庫県八鹿町の『ふるさと交流居住計画』では、その柱のひとつとして生活マスタープランづくりを位置づけた。生活マスタープランとは、住民一人一人が将来どのような生活を送りたいのかを明らかにしたものである。そして、その実現方策を考えることが行政や専門家によって策定されるマスタープランなのである。
 以上のような、さまざまな段階、内容のまちづくりを組み合わせ、実行することによって、住民主体のまちづくりは実現に向かう。そうした、シナリオを描くことがこれからのまちづくりの重要なポイントとなるに違いない。



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