1999/9 No.14 日本都市計画学会 関西支部だより

特集
総括 合意形成批判

平山 洋介 (神戸大学発達科学部助教授)


 都市における場所は「競合される地面」(contestedground)としての性質をもっている。多様な人びと・資本・権力が特定の場所に対して互いに異なるアイデンティティ−機能、形態、意味、象徴、…−を欲求して動き、緊迫した競合関係を生みだしている。そこでは闘争・妥協・譲歩・操作・取引などの一連の政治的な関係が形成される。すべての場所のアイデンティティは自明的に生成するのではなく、競合の過程を経由して定義され、あるいは再定義が繰り返され、恒常的な変成の途上にある。

 現代の都市計画は「合意形成」を指向するようになった。そのための制度と技術のあり方に対する関心が高まっている。しかし、「競合される地面」に対して「合意形成」を求める方向性は特定のアイデンティティを選別して成長させ、それとは異質の発想を衰弱させるように働く。「合意形成」は何らかの排除と黙殺を抜きにしては成立できないからである。アイデンティティは政治性を失い、単一の起源・歴史・特質に還元され、その地点において静止するように加圧を受ける。

 都市計画の民主主義を育成するために「合意形成」が必要とされている、というような言い回しは誤解と倒錯に満ちている。民主主義は共約不可能な複数の欲求が競合している限りにおいて存在できるものである。「競合される地面」とは多声性に向かって開かれた空間にほかならない。民主主義を促進するのは「合意形成」ではない。「合意形成」こそが民主主義の多声性を破壊する。「要請されるのは、あらゆる合意が必然的に排除の行為にもとづくものであって、完全に包括的な合理的合意など存在しないという事実を理解することである」(シャンタル・ムフ)。

 脱近代主義の建築・都市計画は「場所性」を重視する。近代主義・普遍主義・合理主義などへの対抗軸は、場所の文脈を読み直す作業を促し、地域主義・文脈主義・新歴史主義などの流れを形成してきた。共同体へのノスタルジーが喚起され、調和と親密性へのロマンティシズムが強調されている。しかし、「場所性」を確定しようとする試みは、「名前をつける」「定義を与える」「意味を固定する」など、そうした行為に内在する暴力性の忘却をともなっている。ある場所のアイデンティティの確定が宣言されるとき、その「外部」からの異議は遠ざけられ、「内部」は特定の定義への還元によって拘束と窒息の感覚が植え付けられる。

 「合意形成」の不可能性を受け入れるとすれば、都市計画の仕事は何をどのように「決定」できるのか。注意を要するのは「いかなる決定も究極的には決定不可能性を有しているという事実を完全には隠蔽できない」ことである(エルネスト・ラクラウ)。都市計画は何らかの「決定」を必要とする。建築・道路・施設などの物在の建造はアイデンティティの範囲を絞り込んで表象するように作用する。しかし、その「決定」は「決定不可能性」についての認識を経験しておく必要がある。「決定不可能なものを経由する審議がなければ倫理的責任と政治的責任は存在することができない」からである(ジャック・デリダ)。「競合される地面」に対する「決定」は常に暫定の「決定」にすぎない。建造物の内容と存在は永久ではあり得ない。都市計画の「決定」はあくまで仮構の「決定」であって、それが排除した声に対して倫理的な責任を有し、依然として「決定不可能性」に対して政治的に開かれている必要がある、ということを理解しておかねばならない。




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