2001/1 No.15 日本都市計画学会 関西支部だより

特集
自律生活圏ネット社会

小林 郁雄 まちづくり会社コー・プラン


 21世紀のはじまりに、これまでの20世紀を回顧し、来るべき100年の展望に思いを馳せるというのは、意義深いことと思う。しかし、神戸で都市計画・まちづくりに携わっている者としては、震災からの復興まちづくりの途上、そんな遠い歴史的な昔のことや、そんな遥かな将来に、頭は回らない状況がいまだ続いている。

 しかし、阪神大震災が教えてくれた、10年から15年後の都市の密集市街地将来像については、およその見当がつく。もちろん、少子高齢社会や電脳情報社会といった当然予測される社会状態ではなく、地方分権・情報公開(今や、地域主権・情報共有と言うべき時期と思うが)を条件とした「市民活動社会」である。国家やグローバル経済といった「国際」時代から、個人や地域ネットワークによる「民際」世界がその基本像である。「市民活動社会」への準備対応がこの10年の日本の都市計画・まちづくりの最重要課題である。

 「市民活動社会」の構造的な目標像として、「自律生活圏ネット社会」という姿を、私は考えている。詳しくは「小規模分散自律生活圏の多重ネットワーク社会」というイメージである。我師・水谷頴介の示した「町住区」やアメリカのカルソープたちがいう「サステイナブルコミュニティ」などと近似するイメージである。笹山神戸市長がいう「コンパクトタウンが連携するコンパクトシティ」、貝原兵庫県知事のいう「人間サイズのまちづくり」とも、共通する点が多い。近隣住区を超え、環境的にも地域経済としても自律循環をめざし、自己決定できるコミュニティを「自律生活圏(まち住区、コンパクトタウン)」とし、地域や国家よりもそれらの多重なネットワークした状態が優先する市民社会という方向である。

 震災復興まちづくりは、緊急期(〜1995年夏までの半年)、事業期(〜1997年夏までの2年)、総括期(〜2000年夏までの3年)を経て、6年目以降の展開期を迎えている。まちづくりのプランニング、プログラミングから、重点をマネージメントに置くような転進時期が来ている。次第に明らかになりつつあった21世紀初頭の都市問題を、突然一気に集中集約的に迎えた震災被災地における否応無しの対応の経緯である。それはやがて、すべての都市におけるまちづくりの中心課題となるであろう。

 自律生活圏の多重ネットという形の市民活動社会における環境改善運動を「市民まちづくり」と定義している。すなわち、「地域における、市民による、自律的継続的な、環境改善運動」が市民まちづくりの実体である。その運動のマネージメントが私達「土蜘蛛まちづくりコンサルタント」の職責であり、21世紀におけるそれが私の生きる道でもある。当面の残された震災復興課題としても、つぎの3つの活動が環境改善運動(まちづくり)に直接つながって、焦点となってくる。

 1) まちづくり協議会をベースにした自律生活圏活動

 2) コンサルタント派遣制度を前提とした専門家ネットワーク活動

 3) 新しいタイプの集合場所を核とした(地域型+参加型)コミュニティ活動

 「自律生活圏活動」は、それぞれのところで環境・経済・交通などの地域循環がその地域特性に応じた形で展開していくコンパクトタウン活動である。その活動の鍵を握るのは、まちづくり協議会である。逆にいえば、まちづくり協議会は自らのまちの自律圏としての活動にこそ、その存在意味をもたねばならない。震災復興でその意義が確かめられたまちづくり協議会が、その存続を含めて全国からの期待を裏切ってはならない。

 専門家の「ネットワーク活動」は、本来は同業者組織という形の囲い込みに特化していくものを、需要者・利用者という専門家を必要とする人々のための形として、開放系のゆるやかな関係をつくるものである。共通の志が組織原理であるNPOも同様な関係にある。派遣制度などによる自律生活圏への間接支援が、専門家やNPOへの支援施策としても有効である。

 市民活動社会における「コミュニティ活動」は、地域型(CBO)と参加型(NPO)の協調のうえに成り立つ。それらが相互に補いあい切磋琢磨する関係が望ましく、そのための新たなミーティングスペースが必要である。避難所・仮設住宅での「ふれあいセンター」はその原形であった。協調住宅の茶店きんもくせい、みくら5のプラザ5、南芦屋浜のだんだん畑といった震災復興での事例を参考に、そこでの活動に着目したい。




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