2001/1 No.15 日本都市計画学会 関西支部だより

特集
都市構築批判

平山 洋介  神戸大学


 都市とは何か、という問題に接近するには、それが還元不能の二重性を有していることに注目する必要がある。一方において、人びとは選択、解放、漂泊、混沌・・・を希求する。他方では、統制、帰属、定住、秩序・・・を追求する。都市の空間はそうした両義性の過程を投影し、挑戦/安定、進歩/望郷、普遍/特殊、権威/参加・・・などの緊張した関係を表現してきた。矛盾した困惑こそが都市に動力を組み込んでいる。

 近代都市の初期にはその二重性を踏まえた思考と実践がみられた。ボードレールによれば、都市に表象されるのは、変化・漂流・偶発と永遠・不変への二律背反の欲求である。ル・コルビュジェの「輝く都市」は極端な英雄性と機械性を強調した。しかし、ロンシャンの教会における精妙な曲線美は「直角の精神」からは乖離して建築された。単調な説明に解消できない困惑こそが独創の原材料になっていた。ベンヤミンは独異な視線を通じて都市の理解に努めた。繁栄の中に廃墟を見いだし、瓦礫の中に微光の裂け目を発見するような、空間の両義性を見抜く視線が彼の方法であった。

 都市計画は価値序列を編成する。計画の行為を特徴づけるのは、何かを否定し、別の何かを同一化する、という構築の運動である。価値の「外部」は攻撃を加えられ、「内部」の純化が促進される。スラムを解体して近代住宅に置き換える、近代住宅を批判して下町を再生する、乱雑な市街地を壊して土地の高度利用を目指す・・・等々。この意味では都市計画はヘーゲル主義の否定弁証法に立脚している部分が大きい。

 都市の現実が矛盾を内在させ、予測不能の力学を含んでいるとすれば、都市計画はそこに介入して空間を予測可能な操作・制御の問題として扱う。複雑な引力・斥力を鎮静させ、何らかの価値のもとに還元しようとする動機が都市計画の振る舞いを形成する。

 現代都市に増えているのは「恐怖の建築」である(ナン・エリン)。中産階級のサバービア、ファンタジーを編集するテーマパーク、オープンスペースを囲い込むアトリウムなど、「内部」の浄化を指向する感受性が勢力を伸ばしている。「外部」は恐怖と不安の源泉とみなされる。あるいは「接触しない接近」の関係が目立ちはじめた。遊園地に隣接してドヤ街が広がる、ビジネス・パークに隣接する公園では野宿者のテント・シティが出現する、ウォーターフロント開発に隣接して老朽長屋が密集するなど、相互に異質の空間が製作され、交差しない並列の関係として配置される。

 現代都市が依然として「都市」であるとすれば、その矛盾の力学は構築の運動を挫折に導くだろう。「恐怖の建築」には“出口”が見あたらない。還元不能のプロセスに向き合い、未知との接触にそなえ、二重性を受容するような、そのような開かれた時間と空間の構想が求められている。




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