2001/1 No.15 日本都市計画学会 関西支部だより

特集
モザイク模様の都市計画 −「塗紙計画」からの脱却、ゲリラ戦術の展開−

リム ボン  立命館大学


1. ストックベースの都市計画へ
 近代都市計画の物理的技術手法は20世紀にほぼ開発され尽くしたといえよう。日本では過去50年の間に、郊外部で展開されてきた大規模な新規宅地開発事業が全国をほぼ一巡し、都市の基盤施設、シビルミニマムの量的充足が達成された。そして21世紀、都市計画の関心事は既成市街地問題へと移行せざるを得ない必然性を帯びている。近代都市計画は“フローベース”で展開することができたが、これからの都市計画は“ストックベース”で展開せざるを得ないのである。このような問題関心は、1970年代にすでに確立されていた。都心部の人口の空洞化やインナーエリアの衰退(ブライテッドエリアの増大)が顕在化するにつれ、住宅地区改良事業、市街地再開発事業、地区計画制度等々、コミュニティ・レベルの住環境整備事業等の手法が適用されてきた。しかし、これらの事業は行政主導型のモデル事業にとどまり、当該地区以外への波及効果に乏しく、郊外における新規開発事業ほどの都市計画的インパクトを持ち得なかった。すなわち、都市計画の主流はあくまでも郊外部の新規開発事業であり続けたのであり、このことは“ストックベースの都市計画”がいまもって新たな都市計画理論として体系化されるには至っていないことを意味する。

2. 複雑な問題群への挑戦
 では、ここでいう既成市街地問題とは何か。それは、住宅ストックの老朽化、環境汚染、人口の高齢化、違反建築の横行、地場産業の衰退、町並みの破壊等々、都市の機能障害をもたらす要因が相互連関的かつ複雑な問題群として発生することを意味する。しかもこのような問題群は、都市のマクロ単位で発生するだけではなく、様々なミクロ単位で、局所的かつ同時多発に、多様な形態で、いわばモザイク状に発生する。もはや、これまでに実施されてきた単純な政策手法、すなわち、個々の課題に対して個々の施策で対応するといった従来の手法(課題と施策の一対一対応)をいくら適用してみても、「施策の堂々巡り」もしくは「問題のモグラ叩き」の様相を呈するだけで、実質的な効果を期待することはできない。“未知数の少ない単純な方程式”を適用することで成り立ってきた近代都市計画は、これまでにも指摘されてきたように、規制市街地を相手にした場合には全くなす術がなかった。そのため、しばしば「塗紙計画」と揶揄された。そして、本格的な成熟社会に突入する日本社会では、複雑な問題群を一括処理することが可能なシステムの登場が待たれているのである。近代都市計画はもはや古き良き時代のノスタルジーと化してしまった。

3. 解けない方程式
 では、未知数の多い“複雑な方程式”を開発することで新たな解決策が見出せるのであろうか。
 答えは“否”である。なぜなら、それは結局のところ“解けない方程式”に終わるからである。仮に複雑な方程式を開発することに成功したところで、そこから得られた解答が必ずしも正解とは限らない。運良く正解をみつけたとしても、それ自体が個別性と時間性とを持つが故に常に変動し、結果的には寿命の短いものでしかあり得ないからである。
 もはや、方程式によって“正解”を導き出そうとする発想そのものを転換しなければならない。

4. ポジショニングとゲリラ戦術
 ストックベースの都市計画にもとめられることは、あらかじめ用意された一般解としての制度を適用する技術としてではなく、個々の地域(テッセラ)が自らの姿(実状)を見据えた上で、いかなる特殊解を見いだすかというプロセスを支援し、そのために必要な様々な選択肢を提供する技術として機能することである。これは、各々の地域が都市の中でどのようなポジションを担うのかを明快に示す作業である。他方、地方分権が時代の潮流となっている今日においては、都市計画の決定権が、優れた官僚やプランナーやスーパースターによる独断的なシステムから、様々な価値観を有した人々による市民参画のシステムへと確実に移行しつつある。そしてそれは、行政万能主義や行政依存主義から脱却し、地域社会を支える「人」と「組織」と「コミュニティ活動」の重層的な相互連関システムを構築することによって実現する。政治の世界では既にこのような動きが活発化している。政治課題の具現化が都市政策であるのなら、都市政策を空間投影する都市計画の世界においても、このようなゲリラ戦が今まさに始まろうとしているのである。



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