「阪神・淡路大震災復興の現場の声を聞く」

目的:本委員会の設立趣旨として,震災の再検証と教訓知識の伝承について考えることを掲げている.そのためメンバーとして,阪神・淡路大震災時に実務的な立場にいた世代,中心的な活動を担った世代ではなく,その次の世代により構成されている.特に行政職員は若手メンバーで構成されており,阪神・淡路大震災事例そのものの情報にも十分に接してはいない.そこで最初の取組として,阪神・淡路大震災の都市計画事業,住宅再建事業に中心的な役割を果たした人にインタビューを行い,当時の状況,次世代に伝えたい教訓について率直に話を聞くことで,今後の調査活動の礎とすることを目的とする.

日程:2018年10月18日(水) 15:00-18:00
場所:人と防災未来センター 西館6F
ヒアリング対象者:垂水英司 氏(元 神戸市役所住宅局) 小林郁雄 氏(元 コープラン)
参加者:越山(関西大学)紅谷(兵庫県立大学)大平(兵庫県立大学)木作(人と防災未来センター)安永(大阪市)花田(神戸市)中舎(京都市)小浦(神戸芸術工科大学)

ヒアリング内容

垂水氏からは,阪神・淡路大震災を迎えるまでの日本および神戸市を取り巻く都市計画事業や住宅事業の展開および,それらを市として実行してきた中で構築されてきた組織枠組みや既成概念,仕事の方法などについて説明があった後,震災に直面して,復興計画のスケルトンの決まり方,住宅復興計画の意味,区画整理事業のプロセスと住宅局の役割,などを当時の人間関係,組織関係を交えて,詳細に語っていただいた。

ヒアリング結果

阪神・淡路大震災対応の仕事や活動,当時考えていたこと

・ 復興計画の全体像は2週間程度で決まった(決まってしまった).主として復興都市計画事業が関係している.都市計画局の話になるが,国の指導による建築基準法による84条規制の2ヶ月建築禁止,その間に都市計画決定するためには,1月末には全体方針が必要となる.つまり2週間で方針と大枠を決めないとならなかった。
・ 住宅局であれば,公営住宅に被害が発生しており,住民への緊急対応が必要で,てんやわんやの状況であった.しかし,被害調査等々の結果から,都市計画事業の計画策定と仮設住宅建設がすぐに始まった。
・ 震災から1週間後ぐらいに,住宅局でも若手中心に20名程度,日常の災害対応から切り離し「復興計画策定チーム」をつくり,ここが都市計画事業とは別に住環境整備やまちづくり,住民主体型の方法など,中長期的な進め方を震災復興でどうやって実施していくか方針を策定した.2週間ぐらい.これがよかったと思っている。
・ 被害の中心は住宅であったから,神戸市住宅三カ年計画を作成したが,国・県・公団・市などなどが関与し,公営住宅と民間供給,公団建設等々の数を設定した。
・ 住宅関係では公営住宅数が膨大となり,同時に家賃軽減策が必要となった.1年後ぐらいに国と交渉する手続きに入り,建設省,厚生省,兵庫県等々それぞれの思惑の中でなんとか家賃減免を認めてもらった。

都市計画事業のプロセスからの教訓

・ 1ヶ月後に震災復興緊急整備条例を施行しているが,すでに84条や都市計画事業の色塗りができており,実際黒字(事業地区)には役に立たなかったが,早い段階で灰色(重点復興地域)や白地(復興を促進する区域)を決めた点は評価されている部分もある。
・ 現場レベルで決定し実行していくという高揚感があり,その考え方を提示することや,「神戸市で条例をつくる」という即応的な動きをとったことは重要だったと思う。
・ 平常時はまちづくり協議会をして,提案して,都市計画決定するという手順だが,震災時はこれが逆のプロセスとなった.神戸市の場合は,コンサルタントがたくさんいて,街づくり条例もあり,住民と話し合いをしながら進めていくという文化,やり方があったので,順序が逆でもそのうち正常化していった。

復興計画作成時のキーパーソンは誰か?

・ 住宅復興計画は誰が作るのかといわれると,誰もいないと思う.住宅局長でもなく,建設省でもなく,市長でもない.自分のテリトリーのところで一斉に走り出している.それぞれの部局で動くが,その中でまとめ役はいる.強いて言うならそれらを集めるリーダーシップを取る人が出てくるかどうか.
・ 国の復興委員会から主張・提言が出てきたが,実際の制度を押しのけてまでやるものかといわれると,それはないしそれをやる体制にもなっていない.この場合誰が実行するかが重要で,提案を本気で実行するならその責任とってやるべき(国営?).


小林氏からは,震災までの神戸市で携わった業務やそこで得られた人間関係性について前段で説明し,その後震災以降の事実資料としてまとめられた膨大なアーカイブを用いて内容紹介をしていただいた.特にまちづくり支援ネットワークの設立,活動内容,役割については,詳細な説明をいただいた.

震災前からの関係性

・ 震災前に都市計画コンサルタントとして,仕事をしていた.バブル期や震災含めて,ほぼ神戸で30年仕事をしていて,だれがどこで活動しているかがわかる関係性がある.都市計画コンサルタントもたくさんいたので,大学関係者,同業者とのネットワークは事前にあった。
・ 行政組織とも,さまざまな業務で関係しており,組織枠組や人も含めて顔の見える関係であり,業務を通じて一緒に勉強したり,議論したりすることが日常的に存在した時代であった。
・ 住民主体のまちづくりが主流化した都市でもあり,行政,専門家,住民という関係性を持つ仕事のやり方,まちづくりの進め方について,ある程度共通理解があった点は震災復興に非常に重要だったと思う。

発災後の活動

・ 住宅の被災が広範囲になっているが全体像がわからないことから,学会や大学,コンサルタントが中心となり,民間レベルで被災地の住宅被害調査を実施した.都市計画やまちづくりに関係する人たちが集まり,それがまちづくり支援ネットワークにつながっていった.
・ 機関誌である「きんもくせい」にこれらの経緯と,当時どのような課題や問題があったかとか,さまざまな人の論点が記録されている.これらの記録を残しておくことは後々大事になるという直感がある.コンサルタントの性分か.
・ まちづくり支援ネットワークは,市民支援の立場であり,ボランティア活動の団体や他の支援団体ともつながるようになる.また行政との連携で作られた被災者支援会議にて,産官学民でさまざまな議論を行い,それを行政施策で実行するベースとなった点で,この会議体は効果的であった.震災復興のアドボカシー機能.

ヒアリングから得たこと

当時の現場の話を,20数年後に何の知識・情報のベースがない状態で伝えること,また伝わることは,相当難しいという感覚を得た.10年程度であれば,共通で知っている状況(暗黙的了解)をもとに情報が伝わるのであろうが,組織全体が入れ替わった後の今の現役若手にどうやって伝えるのかは難しい課題である,と認識できた.同じ知識情報でも,今後と「同じ」と考えるか,「違う」と考えるか,は,それぞれの認識次第であり,それが「重要」か,「重要でない」か,にもつながる.このようにして,経験時の知識情報は,一般化されるか,淘汰されるか,なのかもしれない.

(文責:越山)

ヒアリング内容からの委員感想

・ 阪神・淡路大震災の復興に関する知識不足を痛感した.特に小林・垂水両氏から話題提供の中で適宜出されていたキーパーソンの人物や事業制度がわからず,内容を理解することが難しい点があった.
・ 阪神・淡路大震災の復興事業や住宅政策に関して事前に下調べが必要だったと感じるが,一方で現在とは異なる部分もあるので,一概に当時と同じ事が起こるわけでもない.とすると,何を教訓として学ぶのか?が難しい.
・ 行政職員にとってはなかなかイメージがしづらい話が多かった.例えば,神戸市の組織形態に関する話が出てきたが,現在の神戸市の組織形態とは異なるため,阪神・淡路大震災の復興とこれから被災した際の復興のやり方は違うのではと感じた.
・ 小林氏の話題提供は合意形成の観点の話が中心であった.合意形成や住民・行政・コンサルタントとのパートナーシップのあり方は今後の復興に参考となると思う.
・ 京都市では復興基本計画を策定している.阪神・淡路大震災の復興は,話を聞くと場当たり的に進めていったように思ったが,現在では政令市の多くは復興を進めるための計画がある.そのため阪神・淡路大震災の復興とこれから被災した際の復興のやり方とは異なるのではないかと考える.
・ 阪神・淡路大震災の「当時」と「現在」とは「違う」と捉えているからこそ,阪神・淡路大震災の経験を継承できない要因となっているのではないだろうか.何が「違う」のかを明確にすることで,阪神・淡路大震災の教訓が活かされることもあり得る.