長田区・須磨区

2005年の分析(街の復興カルテ 2005年度版 p176より)

このグループは、長田港から板宿、 妙法寺川上流までを全体像を見る区域とし、 その中から5つの地区を選定して、 詳細な調査を続けてきた。今回のカルテ最終版の調査では、この5つの地区について、 震災当時と現在の写真を比較し、10年間行ってきた調査を再度確認する作業を行っている。その結果、A(須磨区養老町)・E(長田区駒ヶ林) 区では被害も少なく当時の風景が今でも確認でき、中心地域に、都区にC(長田区水笠通)・D(長田区若松町)地域ではまったく新しい街並みが確認できる。また、被害が大きく街の表情が単調なものになった地域でも、区画整理によって道幅が大きく取られ、安全な街へと変化していたり、新しい街並みに新しいコミュニティを確認することもできた、としている。 さらに、地震によって当時の景色と大きく変化していても、当時の名残から同じアングルの写真を得る事もできる。変えることのできない自然要素(山)や被災に生き残った建物、それらは震災以前からの街のシンボルとも言えるだろう。写真の比較調査は 10年間の調査の再確認であると同時に、被災地域の復興に対する評価と今後の課題を与えてくれるものであった、としている。

調査地区

「街の復興カルテ(2005年度版)」において、1995年、2006年の写真が存在する全13箇所を今回の調査対象とした。 2020年時における各地区の状況を写真で示し、変化(変化無しも含む)を報告する。
1 須磨区養老町(周辺)
2 長田区戸崎通2丁目
3 須磨区戎町1~3丁目
4 水笠商店街(長田区水笠通5~6丁目)
5 水笠商店街(長田区水笠通5~6丁目)
6 長田区水笠通6丁目
7 長田区大池町1丁目
8 長田区大池町1丁目
9 長田区若松町6丁目
10 長田区若松公園
11 長田区若松町6丁目
12 長田区二葉歩道橋周辺
13 長田区駒ヶ林5丁目

調査結果

1.須磨区養老町(周辺)

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p25)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化左側
左側手前の建物が解体され、奥には建て替えた住宅が建設された。税理士事務所の看板が小さくなった。

2.長田区戸崎通2丁目

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p26)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
右手前に住宅が建設された。

3.須磨区戎町1~3丁目

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p27)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
特に無し

4.水笠商店街(長田区水笠通5~6丁目)

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p28)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
特に無し

5.水笠商店街(長田区水笠通5~6丁目)

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p29)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
右側の建物1階の店主が代わって、ファサードに変化が見られる。

6.長田区水笠通6丁目

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p30)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
左側の手前に住宅が建設された。区画整理事業で道が完成し、左下のガードレールが撤去された。右側の建物が、無くなり、駐車場(コインパーキング)となっている。

7.長田区水笠通6丁目

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p31)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
右側の建物(市営住宅)の外壁の色が変わっている。

8.長田区大池町1丁目

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p32)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
特に無し

9.長田区若松町6丁目

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p33)

(撮影 2020年3月 ※2006年1月撮影の地点は、既に建物が建設され、少し遠い地点で撮影)
●10年目から25年目の変化
撮影地点に建物(ビル)が建設されている。

10.長田区若松公園

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p34)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
公園が、再整備され、ベンチと屋根が無くなっている。

11.長田区若松公園

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p35)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
住宅があった場所は、広場として整備されている。

12.長田区二葉歩道橋周辺

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p36)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
右側の奥に、建物が一軒建設されている。歩道橋の名前が二葉歩道橋から駒ヶ林歩道橋に変更されている。

13.長田区駒ヶ林5丁目

((財)阪神・淡路大震災記念協会 「街の復興カルテ 2005年度版総括編」,p37)

(撮影 2020年3月)
●10年目から25年目の変化
特に変化無し。

まとめ

「変えることのできない自然要素(山)や被災に生き残った建物、それらは震災以前からの街のシンボルとも言えるだろう」と、報告書の分析にも書かれているように、自然要素(山)は、確実に残っている。
もちろん、15年で建て替えが起こっている箇所もあったが、調査地点では、中高層の建物はなく、自然要素(山)の景観が残っていた。
地点⑥では、2005年当時は、まだ道路工事等が行われており、震災復興事業の影響が見られた。今では、工事が完了されている。右側の建設物が解体され、駐車場利用の土地になっている。15年の間には、需要の変化が見られる。
市営住宅の大規模修繕により、外壁の色が変化している(地点⑦)。
新長田南再開発では、広場が完成し大きく町並みが大きく変化している(地点⑪)。

【参考】
町並みを見るために、近隣の高い建物の上から撮影した写真を掲載しておく。
インタビュー調査風景
(撮影2020年3月 神戸市営松野住宅12階より、北側(水笠通)を望む)
インタビュー調査風景
(撮影2020年3月 UR新長田駅前23階より、南側(新長田南再開発)を望む)